「磯辺青年の苦悶」平成11年10月1日初版、自叙伝を出版されて第2作目の原稿が出来上がろうとしている時、H12年2月末に脳内出血で入院、言語失語症となる。入院中は、自分の意思が伝わらないこともあり、リハビリの先生やスタッフに抵抗し1ヶ月で退院。ケアスタッフもたった一回の介助で次々と変更、家族やケアマネを困らせていました。そして、福島笹谷ケアセンターに依頼があり、私は井上様の経歴と気難しい性格に興味を持ち自分から仕事をいただきました。週1回の通院介助、新分野の言語聴覚士のリハビリ付き添いは勉強するのにチャンスです。6月からリハビリの様子を見させていただきましたが、STは基本通りにリハビリをする為に、幼稚園児が使うような絵の描いてある単語カードを差し出します。井上様の頭の中では、おそらく役に立たない指導と抵抗、若いSTは毎回困惑状態でした。そんなある日、井上様の自叙伝を読ませていただき井上様の性格や特徴を感じ取ることができ、言わんとしていることが何となく分かるようになりました。8月に入り帰路のタクシーの中で井上様に詩吟「少年老いやすく・・」を問いかけてみました。すると、いつも伏せ目がちだった目がぱっと開いて私の腕を掴んだのです。それ以来、車の中では井上様が言おうと努力している言葉を私が考えて並べ立てて言い当てる、まさに言葉のクイズ、それが不思議と当たりお互いに楽しくなっていました。その理由は多分、井上様の生涯が私の亡父の生涯と似ていて、その時代の共通話題が多かったこと、また、私の知識が井上様のリハビリにぴたりとはまったことと思います。SPの先生は新分野のためにまだ20代、戦前、戦中の話題や詩吟などはまったく知りませんでした。その為、井上様に関しては、病院の方も私の介入を好意的に迎えてくださり、詩吟によるリハビリがスタートいたしました。以来、井上様は詩吟から言葉が徐々に出せるようになり、昇段試験の目標を作りました。日本詩吟岳風会は障害者や高齢者には様々な免除があり、井上様にとっては安心して練習できる好都合の勉強です。ある時、お天気が良いので山の上から大声で吟じてもらおうと外出したところ、今までと違う感覚の言葉が飛び出したので、医師に報告。医師は既にインプットされている知識を引き出すのに外出が一番よいとの事。そこで、記憶の中に今も残っている旅行先を捜し当てて、その場所へ行けば何か別な言葉が多く出るのではと、期待をかけた2人の旅がH13.3.25?30日、5泊6日から始まりました。これも健在の時、途中まで計画していた用紙から私が考えを探し出して、スケジュールを作成し納得されたプラン。高松城、松山城、宮島、広島の旅です。道中の配慮としては、1.行動範囲の地図、距離、必要時間をしっかりと記憶すること。2.相手に私の不安、戸惑いを絶対感じさせず、自信ある態度で行動すること。3.相手の歩行ペースで余裕ある移動をすること。4、乗車、降車ホームやトイレの場所を事前に把握しておくこと。5。早めのトイレ、休憩を取ること。6.宿泊先の食事内容、部屋の様子、館内の特徴などが趣向に合うかどうか調べること。7.緊急時の病院を把握すること。8、外食、お茶の時間場所を数箇所決めておくこと。これら.旅先案内人としての情報を沢山収集するにはインターネットがとても役に立っています。以上、こんなにも神経を使いながらのトラベルヘルパー。世話好きで旅行が好きでなけりゃできませんネ!井上様の病歴は、「脳内出血、高血圧」私は、血圧計、バスタオル、防寒衣、その他必要なものを大きなバックに詰めて行きました。ところが、井上様は歯ブラシ、タオル、ちり紙ぐらい・・着替えは一枚もなく着の身着のまま、軽い小さなバックでした。私は、少し戸惑いましたが「いざという時は行き先で購入すればよい」と考え直して、彼の一挙手一動に注意を掃いながらの同行、時折見せる頑なに閉ざした口、何かを考えているような表情、言葉が思うように出せず悩んでいるのかと思い、私は問いかけを続けながら言葉を引き出すのに一生懸命でした。そのような状況の中で、井上様の記憶にある場所や体験が行き先々の喜びとなって増え始め、できる限り昔のまま保存されている場所を選択し行動いたしました。たった6日間の記憶をたどるリハビリの旅がすごい成果を収め「楽しかった」「行ってよかった」・・・「もう少し生きてみたくなった」・・??と話され、ご家族に引き継いでから、無事に帰宅できた喜びと、わたしもお役にたてたかなと安堵いたしておりました。でも、その数ヵ月後に大変な驚きがありました。井上様いわく「あの時、何も持たないで行ったのは、瀬戸大橋で自殺するつもりだった。ところが電車だったので降りるチャンスが無かった。一緒にいるうちに考えが変わってきてもう少し生きてみるかと考え直して帰ってきた」との事。精一杯の気持でお連れしていた私は、大ショックで一瞬悲しくもなりましたが、もし電車でなかったら・・・職責や会社のこと、新聞記事のことを考えゾッと身震いしてしまい、お客様と心得ながらも職務である私自身の気持ちをお伝えし今後のことをはっきりと言わせていただきました。それ以来、私の冗談に乗ったり、からかわれたりと信頼関係ができ、今ではスポーツをしている私の身を案じて、止められることしばしばのホームヘルパー、トラベルヘルパーとなっています。
|